喫煙と呼吸器疾患
高橋英気*1、吉良枝郎*1
喫煙の健康に及ぼす影響については長い研究の歴史がある。そして喫煙が肺癌などの悪性腫瘍、虚血性心疾患、慢性呼吸器疾患などの主要な原因となりうることが証明されてきた。現在少なくとも先進国と呼ばれている国々では、これらの疾患を単独で予防しうる最大の病因は喫煙であるといわれている。
喫煙は全身の諸臓器に障害をもたらしうるが、とりわけ気管支肺胞系はその刺激に直接暴露されるためその影響も大きい。肺はその臓器の特性として本来の呼吸機能(酸素の摂取と二酸化炭素の排出)のほかに、代謝・免疫能などの非呼吸性の機能も合わせもっている。喫煙はこの両者に種々の影響をもたらし、形態的、機能的変化をきたしうる。これらの変化がある程度以上になると咳、痰などの呼吸器症状の原因となり、さらに量的、質的にある限界点を越えた場合に病的状態、つまり呼吸器疾患として発症するという捉え方も可能であろう。もちろん現実的には遺伝的素因や喫煙以外の環境要因が複雑に発病にかかわってくることは断わるまでもない。
喫煙と呼吸器疾患とのかかわりを考える場合、便宜的につぎの二つに分けて考えられる。第一は、喫煙が特定の疾患の原因または主因の一つになる場合で、肺気腫やある種の肺癌(扁平上皮癌、小細胞癌)が例として挙げられる。第二は、喫煙がある疾患の直接的原因とはならなくても、その疾患の経過や重症度の修飾因子として働く場合がある。たとえば、喫煙による喘息発作の増悪やサルコイドージス、農夫肺の喫煙者における発症率の低下などがこれにあたる。
本稿では喫煙と呼吸器疾患についての研究の現状を、喫煙科学研究財団の1986年以来の研究成果を中心に以下のような順番に述べる。
1.喫煙の呼吸機能に与える影響
2.喫煙と肺の免疫防御機構
3.喫煙が直接的原因の一つであると考えられる呼吸器疾患
4.喫煙により病態が修飾をうける呼吸器疾患
5.喫煙と老化
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1)閉塞性呼吸機能障害
呼吸機能の障害は一般的に閉塞性障害と拘束性障害に分けられる。閉塞性障害とは、気道系(気管、気管支、細気管支)に狭窄があって呼出がうまくいかない場合で、特に努力性の呼気を行った場合に著明に障害があらわれる。代表的な疾患として肺気腫や喘息が挙げられる。拘束性障害は肺が硬くなったり、肺を囲む胸膜や胸郭が硬くなったり小さくなったりして肺の伸び(伸展性)が障害された場合におこる。代表的な疾患として肺が硬くなる間質性肺炎や、昔の結核の後遺症で胸膜が厚くなったり胸郭の変形をきたす場合が挙げられる。
喫煙は肺気腫に代表される閉塞性呼吸機能障害をきたす。喫煙による呼吸機能障害は、疫学的に一秒量(FEV1.0:最大吸気位から努力性に最初の一秒間に呼出される呼気量)や努力性肺活量(FVC:最大吸気位から努力性に呼出される呼気量)を指標にして評価されている。たとえば英国の Higgenbottamら1)は40〜64歳の男性18,000 名を対象に一秒量を測定し、年齢と身長で補正し喫煙の影響を検討した。非喫煙者の一秒量を標準(100%)とすると、喫煙者では予測値の93%、断煙者では97%であり、すべての年齢層で一秒量の低下をきたすことを明らかにした。そして一秒量の低下の程度と総喫煙量は相関した。一方米国のDockeryら2)は8,191人の男女で呼吸機能を測定し、男性では喫煙 1 pack-year(タバコ20本/日を1年間喫煙する量)について平均7.4 ml、女性では4.4 mlの一秒量の低下をきたすと報告している。さらに総喫煙量が同程度の喫煙者と断煙者をくらべると、断煙者のほうが有意に閉塞性障害が軽い。つまり喫煙による閉塞性障害のある部分は可逆性であり、断煙によって回復することを示している。吉良ら21)も1,432例を対象に呼吸機能検査を施行し、加齢に伴う一秒率低下の割合が、男女とも非喫煙群にくらべ喫煙者群で、より急峻であることを示した(図-1)。そしてこの傾向は女性でより顕著であったが、逆に喫煙による呼吸機能低下は男性により強く影響が現われるという別の疫学的調査もあり、結論を得るまでには至っていない。
同一対象者で一秒量の経年的な変化をみると、加齢にともない非喫煙者でも20〜30 ml/年の割合で低下する3)。喫煙者では量応答的に低下の割合が大きくなる。英国のFletcherら4)は792人の男性に毎年、8年間にわたって呼吸機能検査を施行した。非喫煙者では一秒量が36 ml/年の割合で低下したが、4本/日以下の喫煙者では44 ml/年、5〜15本/日では46 ml/年、16本/日以上では 54 ml/年の割合で低下した。
2)喫煙とsmall airwayの障害
喫煙は気道全体、すなわち気管・気管支などの太い気道、small airwayと呼ばれる細い気道(おおよそ直径2mm以下、解剖学的には細気管支領域に相当)、ガス交換に関与する肺胞領域に影響を及ぼす。そのなかで最も早期に閉塞性の変化を起こしてくるのはsmall airwayである5)。そして一秒量や一秒率が明かな低下を示さない時期からclosing volume や closing capacityなどsmall airwayの変化を鋭敏に反映する呼吸機能に異常を認める。しかしsmall airwayの閉塞性変化と喫煙量のあいだには高い相関関係はないといわれる6)。つまり喫煙によるsmall airwayの変化は、比較的急性の、ある程度までは可逆性の変化であるといわれる。細気管支の閉塞性障害の程度が強くなると、将来肺気腫、慢性気管支炎などへ進展しやすくなるかどうかはまだ不明である。
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1)喫煙と呼吸器感染症
一般的に喫煙は肺の防御機構を阻害し免疫能を弱めるといわれている。しかし喫煙が急性気道感染症の発生を増加させるか否かについて、いくつかの疫学調査が行われているが結論を得るには至っていない7)。例えばインフルエンザ流行期にイスラエルの軍隊で肺炎発生状況を調べると、喫煙者では非喫煙者、断煙者にくらべその発生率が高く、より重症化しやすく死亡率も高いという結果が得られている8)。また英国での20年にわたる疫学調査では、肺炎による死亡率が喫煙者や断煙者に多く、しかも重喫煙者ほどその率が高くなる9)。これをただちに喫煙による肺の免疫能低下と結びつける証拠はない。喫煙による心臓や他臓器への障害とも関連している可能性も考慮しなくてはならないからである。
2)肺の免疫防御機構
肺の防御機構は全身性免疫と肺局所の防御機構に分けて考えられる。後者はさらに気道粘液線毛輸送機構による異物排除とマクロファージ、リンパ球、好中球を中心とした免疫・炎症担当細胞によるものに分けられる。たとえばほこりや細菌を吸入した場合を考えると、生体はこれらの異物を排除しようとする。異物が気管・気管支に付くと、咳とともにそれを喀出したり、喀痰の分泌量を増してそれと一緒に異物を喀出しようとする。また気管支上皮細胞には線毛と呼ばれる細い刷毛のようなものがたくさん付いており、たんや異物を口側に運ぶような運動をしている。これが気道粘液線毛輸送機構である。これらの防御機構をくぐり抜けて末梢気道に達すると、肺胞マクロファージ(AM)や好中球は異物や細菌を貪喰して処理する。またAM� ��処理された異物の情報はリンパ球に伝達され、リンパ球は抗体を産生したり、細菌を殺すようなリンパ球を増やしたりして異物を排除しようとする。これらの炎症・免疫細胞は全身の循環血液から供給されるため、全身の免疫機能が弱くなるとこのシステムがうまく働かなくなる。喫煙も異物であるため上記のような生体反応を惹起する。
3)喫煙と全身性免疫
全身性の免疫防御機構の重要な担い手である末梢血中の白血球は喫煙により増加することが知られている。白血球の分画をみると喫煙者でTリンパ球(ヘルパーT細胞)の増加が有意であり、断煙によりこれらの変化はもとに戻ると報告されている。このヘルパーT細胞増加の意義は明らかにされていない10)。
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吉良ら22)は末梢血の補体系(主として溶菌、殺菌、食菌現象、抗原抗体反応に関与する一連の複合体)に及ぼす喫煙の影響について検討した。急性の喫煙刺激では補体系は活性化されるが、長期間喫煙刺激に暴露されている高齢喫煙者では同年齢の非喫煙者や若年喫煙者にくらべ補体活性は低値を示した。すなわち長期の喫煙刺激では補体系はむしろ抑制される可能性が示された。
癌免疫能に重要な役割を果たすとされるナチュラルキラー細胞(癌細胞を殺す働きもする)は喫煙者で低下しており、喫煙による発がんとの関連の可能性も示唆される。喫煙によるナチュラルキラー細胞の低下は断煙によってもなかなか正常には戻りにくいといわれる11)。
4)喫煙と肺局所免疫防御機構
1.気道粘液線毛輸送系(せきとたん)
喫煙がせき、たんなどの呼吸器症状の原因となり、断煙により軽快することは経験的にもよく知られ、疫学的にも裏付けられている。長期喫煙刺激が気道に及ぼす影響として粘液腺の肥大増生や気道上皮透過性亢進に基づく喀痰の増加、気道上皮線毛運動の障害による粘液輸送障害などがある。これらが咳、痰などの症状を惹起する。前述のように、異物排除には気道粘液分泌や気道上皮の線毛運動だけではなく、咳反射が重要である。滝島ら23)は喫煙刺激により誘発される咳の発生機序について実験的に検討し、サブスタンスP(SP:11個のアミノ酸からなるペプチド性神経伝達物質で痛みの伝達や平滑筋への作用が知られる)が重要な役割を果たすことを明らかにした。SP分解酵素阻害剤をモルモットの腹腔内に投与すると用量� ��存的に咳の回数が増加することを見出した。またあらかじめカプサイシン投与により神経末端のSPを枯渇させたり、SP受容体の阻害剤を前投与することにより喫煙による咳の増加を抑制できた。これらの実験より迷走神経知覚枝の遠心性神経から遊離されるSPが喫煙により生ずる咳誘発物質の一つであることが推測された。
喫煙と咳、痰などの呼吸器症状を経年的に追跡すると、一般的には喫煙量が多いほど症状も強くなる。しかし一部の喫煙者では逆にこれらの症状が減少してくることも気付かれており、喫煙刺激に対して何らかの順応性を獲得する可能性もある。たとえば無症状の喫煙者では、咳、痰など症状を持つ喫煙者にくらべ、気道の水分分泌を増加することにより喀痰の粘稠度を低下させ、粘液線毛のクリアランスを増加して防御的に働く可能性も示唆されている12)。
2.肺局所への免疫・炎症担当細胞の動員
1970年代より導入された気管支肺胞洗浄法(BAL: bronchoalveolar lavage:気管支鏡を(亜)区域気管支に楔入し、生理食塩水20〜50 mlの注入・回収を反復して局所の肺細胞、気道被覆液を採取する方法)により肺局所の免疫・炎症担当細胞を採取することが可能となった。喫煙者ではBAL液中の肺胞マクロファージや好中球が増加することより、喫煙は循環血液から肺局所への細胞の動員を促進するものと考えられている。喫煙により気管支肺胞腔内に好中球、単球(肺胞マクロファージの前駆細胞)が動員される機序について多方面からの研究がなされている。
草間ら24)-27)は綿羊に喫煙刺激(ハイライト10本分を10分間で吸入)を与えた後、BALを施行し、細胞分画を経時的に観察した。喫煙直後より好中球の増加がみられ、3時間後にはさらに増加した。また喫煙刺激後、肺胞マクロファージのロイコトリエンB4(Leukotrien B4:LTB4)産生能は増加し(表-1)、BAL液中のLTB4濃度も上昇した。LTB4は強力な白血球遊走作用、血管透過性亢進作用を有することより、喫煙は肺胞マクロファージからのLTB4産生増加を介して末梢血から肺胞腔内への好中球の動員を惹起すると考えられる。さらにウシ気管支肺胞上皮細胞をたばこ煙遊離物質で刺激後、培養上清中の単球遊走因子について解析した。気管支肺胞上皮は無刺激下でも単球遊走因子を放出するが、たばこ刺激でさらにそれが増加した。単球遊走因子はまだ完全には同定されていないが、種々の解析によりLTB4であることが推定された28)29)。すなわち喫煙刺激による末梢血から肺胞腔、肺胞組織への好中球、単球の動員には、肺胞マクロファージや気道上皮細胞より放出されるLTB4が重要な役割を果たす と考えられる。
インターロイキン8(Interleukin 8:IL-8)はLTB4と並んで強い好中球遊走活性を有するが、気道上皮のIL-8 mRNA発現は喫煙者でより高頻度にみられることが示された。吉良ら30)は明かな気道感染のない46例で気管支鏡下に気道粘膜のブラッシングを行い、RNAを抽出しそのなかのIL-8 遺伝子の発現をみると、喫煙者では25例中11例(44%)で陽性だったのに対して、非喫煙者では21例中4例(19%)のみで陽性であった。LTB4とともにIL-8も好中球の動員に関与する可能性が示された。
末梢血から肺胞腔内への単球の動員に関して重要な役割を担うとされる単球遊走因子(monocyte chemoattractant protein:MCP1)の遺伝子転写調節機構についても検討された。ヒトMCP-1は76個のアミノ酸からなるサイトカインで、肺では肺胞上皮や肺胞マクロファージで発現している。MCP-1遺伝子発現様式やそれを調節する転写因子は組織によって多様である。大久保ら31)はヒトMCP-1ゲノム5'側上流3.8Kbの領域をクローニングし、CAT assayなどの遺伝子工学的手法を用いて転写調節機構の解明につとめた。すなわちMCP-1遺伝子発現に重要な領域として5'側 -64〜-59の位置に存在するGCboxが明かとなり、プロモーター活性のcoactivator factor蛋白Sp1の結合部位として重要であることが推測された。今後喫煙がこの転写機構にどのような影響を与えるかを解明することが期待される。この種の遺伝子調節機構に関する研究がこの分野でも重要になっていくことが予想され、注目すべき研究と考えられた。
3.肺胞マクロファージの機能
滝島ら32)-35)はマクロファージの細胞運動能と貪喰能に及ぼす喫煙の影響を検討した。従来マクロファージの運動能の評価はin vitro(生体外)の系で行われていたが、イヌの気道に鉄粉を注入してマクロファージに貪喰させた後、肺磁図(肺磁界値減衰曲線)を記録することによりin vivo(生体内)での肺胞マクロファージの細胞運動能を評価し、さらに喫煙の影響について検討した。喫煙の影響は5本/5分までは量応答的に肺胞マクロファージの細胞運動能を亢進(コントロールの50%増)させるが、それ以上の刺激ではコントロール値に戻るという二相性のパターンを示した。またサブスタンスP(SP)の神経末端からの遊離を促すカプサイシン投与により、in vivoでも、in vitro同様の細胞運動能亢進を示した。この結果からSP分泌亢進が細胞運動能亢進のメカニズムの一つと考えられた。また喫煙量が多くなるとたばこから出る細胞毒性物質(アクロラインなど)が細胞運動能を抑制すると考えられた。しかし喫煙中の主成分であるニコチンは細胞運動能には明かな影響を及ぼさなかった。また肺胞マクロファージのビーズ貪喰能は細胞運動能と同様の動態を示し、サブスタンスPや腫瘍壊死因子(TNF)では亢進、アクロライン、コルヒチン、サイトカラシンDでは抑制されることが明かとなった36)。
肺に異物が吸入されると、免疫反応の第一段階としてマクロファージが異物を貪喰し、細胞内で処理して抗原としてリンパ球に提示する。この抗原提示能は喫煙により低下することが知られている。大久保ら37)38)は抗原提示に不可欠である主要組織適合(MHC)遺伝子産物に与える喫煙成分の影響を、マクロファージ様細胞株P388D を用いて検討した。タールはインターフェロンγ(INFγ)により誘導されるMHC Class II抗原Iaの発現や、Class I抗原HD-2発現を抑制したが、ニコチンやルチンはMHC発現には影響を与えなかった。またタールにより抑制されたHD-2遺伝子産物はTNFαとαtocopherolによりその抑制は解除されたが、INFγは逆に抑制を強めた。このようにマクロファージ抗原提示能に対する喫煙成分の影響は複雑であり、今後さらに検討を要する。
4.肺リンパ球の機能
ハーブは妊娠中にcontraindictedされている
異物がマクロファージで処理され、MHC遺伝子産物存在下に抗原提示されるとTリンパ球はCD3-T細胞受容体(TCR)複合体を介して抗原を認識する。喫煙者では末梢血、BAL液中のT細胞におけるCD3抗原の発現量は非喫煙者にくらべ低下傾向を示した39)。またTCRの発現も喫煙者で抑制傾向にあったが有意差は認められなかった。
気管支肺胞洗浄液中のリンパ球の解析(対象はサルコイドージス患者68名、喫煙者31例、非喫煙者37例)では、非喫煙者にくらべ喫煙者でT細胞は有意に低下し、サブセットでは相対的ヘルパーT細胞の低下とサプレッサーT細胞の増加がみられた21)。サルコイドージス自体の影響も考慮する必要があるが、喫煙によりリンパ球の機能だけではなくその数も低下する可能性が示された。
木村ら40)は肺癌患者の末梢血、所属リンパ節よりリンパ球を分離してIL-2存在下に培養し、自家腫瘍細胞に対する細胞障害活性を計測し、喫煙指数が高くなるほど障害活性が低下することを見出した。これも喫煙による肺および全身の非特異的細胞免疫能低下を示唆する所見と考えられる。
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喫煙が肺癌や慢性閉塞性肺疾患(COPD:chronic obstructive pulmonary diseases;肺気腫や慢性気管支炎)の原因となることはすでに多くの調査研究で明らかにされている。たとえば米国の疫学調査によるとCOPD(ただし喘息も含まれる)による死亡のうち、男性では85%、女性では64%に喫煙が関与すると試算され、喫煙者のCOPDによる死亡率は非喫煙者の約10倍である。男性では喫煙率の低下を反映してその増加率は頭打ちになってきているが、女性では喫煙率の増加にともなって増加傾向にある13)。
1)肺気腫
肺気腫は本来病理学的に定義された疾患で、終末細気管支より末梢の気道の破壊性変化と気腔の拡張が特徴である。臨床的には50〜60歳台以後の喫煙男性に多く、労作時呼吸困難、咳、場合によっては喀痰を伴うこともあり、最終的には呼吸不全、右心不全を合併してくる。喫煙はマクロファージや好中球を活性化して蛋白分解酵素(肺胞を破壊する因子)の放出を増加させ、さらに蛋白分解酵素阻害作用を持つα1アンチトリプシン(α1AT)を不活性化することにより、肺胞破壊性に働くと考えられている14)15)。本疾患の原因として喫煙が第一であることには異論はないが、逆に長期喫煙者がすべて肺気腫になるわけではなく、その約15%が発症するといわれる13)。何故同じような喫煙刺激をうけた個体の一方が肺� ��腫になり、他方がならないのであろうか。
泉ら41)は近畿地方を中心とする17施設のCOPD症例227例で喫煙状況と発症の関係について検討した。COPD症例の喫煙本数は1日平均24.9本で年齢をマッチさせた健常対照者の29.4本よりむしろ少なく、喫煙とCOPD発症の用量反応関係は否定的であった。喫煙量よりも喫煙に対する個体の感受性の差が発症の要因として重要であることを示唆する所見が得られた。多くの症例で喫煙開始から労作時呼吸困難出現までには30年以上が経過しており、肺気腫の病変形成、発症にはきわめて長期間を要することも確認された。
肺気腫発症に対する喫煙感受性がどのような因子で規定されるかは大部分不明である。現在明らかなのはα1アンチトリプシン(α1AT)欠損症の個体に喫煙負荷が加わると若年で肺気腫が発症することである。α1ATは肺における重要な蛋白分解酵素阻害蛋白で、正常人では好中球エラスターゼやマクロファージ由来の蛋白分解酵素が肺胞組織蛋白を分解し組織破壊するのを防いでいる。α1ATが先天的に欠損すると、肺胞組織は直接種々の蛋白分解酵素に曝され、組織破壊が進行し、最終的には肺気腫となる。しかし先天的にα1ATが低下している個体でも喫煙刺激がなければ肺気腫になりにくい場合も知られている。欧米では白人を中心にα1AT欠損症の頻度は比較的高いことが知られているが、それでも全肺気腫症例に占める割合は1〜2%である� �4)。日本では報告例が少なく、瀬山ら16)によるSiiyama亜型の7家系と、ほかの希な欠損亜型が散見されるのみである。
α1ATには欠損亜型のほかに、3〜4種類の正常亜型(M1, M2, M3, M4と呼ばれ、α1AT血清濃度や機能は正常で、日本では全人口の99%以上を占める)が知られている。福地ら42)は喫煙の肺気腫発症に対する感受性の違いとα1AT正常亜型の関連性を247例の健常者と20例のCOPD患者で検討したが、明かな関連性は見出されなかった。同様にアレルギー素因や白血球抗原(HLA)と喫煙による肺気腫発生についても検討されたが、関連性はなかった43)44)。
今後肺気腫発症に対する喫煙感受性について環境要因、遺伝的素因などの面からのアプローチが必要と考えられる。もしこれが明らかにされれば喫煙による肺気腫発症の予防に役立つであろう。
2)慢性気管支炎
肺気腫が病理学的所見に基づいて定義されるのに対して、慢性気管支炎は喀痰をを伴った咳が3か月以上、しかも2年以上の期間にわたって反復するという臨床所見に基づいて定義される。病理学的には気管支粘液腺の腫大、平滑筋肥大と気管支壁の肥厚・炎症細胞の浸潤・浮腫などの炎症所見がみられる。本症の特徴である喀痰量増加は病理学的に気管支粘液腺の腫大と対応すると考えられる。これを評価するのに、従来はReidら17)が提唱した方法(Reid index:気管支上皮基底膜から軟骨被膜までの厚さで、気管支粘液腺の厚さを割った値)が用いられていた。しかしReid Indexは粘液腺のみではなく、平滑筋や粘膜の細胞浸潤などを含んだ評価であるため、不正確さを逃れ得ないという問題点を含んでいた。
山中ら45)は喫煙の気管支腺組織に対する影響を形態学的に評価するため、区域気管支の横断標本を一定倍率に拡大してシェーマとして作図し、腺組織と気管支壁の非軟骨部分の面積の比を画像解析装置で算出した。その結果、喫煙者および断煙者では非喫煙者にくらべて腺組織が大きく(図-2)、この傾向は男性より女性で顕著であった。喫煙刺激が気管支腺組織の肥大をもたらし、気道分泌亢進の一因となることが病理学的にも確認された。
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1)気管支喘息と気道過敏性
抗原などの特異的刺激や化学的(ヒスタミンなど)・物理的(寒冷など)刺激などの非特異的刺激に対する気道の収縮性を気道過敏性と呼び、これらの刺激に対して収縮性が亢進している状態を気道過敏性があるという。喘息では慢性気道炎症による気道過敏性亢進が病態の主体をなしているが、ほかの肺疾患でもみられる所見である。喫煙は気道過敏性を非特異的に亢進させる。すなわち喫煙が喘息発作の増悪因子となりうること、喫煙により気道過敏亢進状態が長期に続くと非可逆的な閉塞性障害を起こしてくる可能性があることが指摘されている。
Burneyら18)は無作為に抽出した18〜64歳の一般成人511名で、生理的な気道収縮物質であるヒスタミンに対する気道過敏性について調べたところ、14%に気道過敏性亢進をみとめた。この要因として40歳以下ではアレルギー性素因の関与が大きく、40歳以上では喫煙の影響が大きいことがわかった。同じ喫煙者でも気道過敏性の亢進している人とそうでない人を6〜8年にわたって追跡すると、前者の年次毎の一秒量の低下の割合が後者にくらべて大きいことがわかった19)。すなわち慢性閉塞性肺疾患(COPD)成立に長期喫煙による気道過敏性亢進が関与する可能性が示唆された。
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佐々木ら46)47)は喫煙による気道過敏性亢進の機序として喫煙中の活性酸素による気道上皮中のヒスタミン分解酵素(Histamine N-Methyltransferase(HMT))の障害に注目した。麻酔下、低用量人工呼吸器下のモルモットに喫煙負荷前後でヒスタミンを吸入させ、肺の用量反応曲線を比較した。この結果喫煙はヒスタミンに対して気道反応性を有意に亢進させた。つぎに非喫煙刺激気道にHMT阻害剤(SKF91488)を吸入させると喫煙と同様に気道過敏性を亢進させた。さらにモルモット気道上皮抽出液中のHMT活性が喫煙刺激で用量依存的に低下することを示した。以上の結果、喫煙は気道上皮内に存在するHMTを用量依存的に抑制することにより、ヒスタミンが気道内に長時間残り、気道過敏性を増すと考えられた。気道上皮内にはHMTのみならずアセチルコリンやロイコトリエン(いずれも気道を収縮させる)などの分解酵素が存在し、今後これらの酵素についても研究が必要であると考� �られた。
重喫煙者では気道過敏性が亢進しているが、そのメカニズムは単純ではなく、喫煙以外の要素、すなわち大気汚染や粉塵吸入などによる気道炎症も関与している可能性がある。大久保ら37)38)48)49)は、モルモットを用いて大気汚染物質の一つであるオゾンの暴露濃度と暴露時間が相乗的にメサコリン(気道収縮物質)に対する気道反応性を亢進させる作用のあることを確かめ、喫煙刺激でも用量応答性の気道過敏性亢進を認めた。さらにオゾンと喫煙を、各々単独では気道過敏性を生じない低濃度で同時に吸入させると気道過敏性が亢進することを明らかにした。この際、気道過敏性の亢進とともに、気道炎症の指標である気道血管の透過性亢進も同時に起こることを示した。しかし気道過敏性亢進は必ずしも血管透 過性の亢進がみられない喫煙刺激量でも発現した。すなわち気道過敏性の亢進は明かな気道炎症がなくても起こる可能性がある。
2)農夫肺、過敏性肺臓炎
前述のように喫煙は一般的に全身性あるいは肺局所の免疫能を低下させる。これが感染や発がんに対しての抵抗性を弱めている一因であると考えられている。しかし過剰な免疫反応が病態の主体をなすと考えられている疾患では、喫煙がその発症を抑制する場合もある。
農夫肺は、主に酪農従事者が牧草についている真菌類(Micropolyspora fanei、Thermophilic actinomycesなど)を吸入し感作されることにより発症するアレルギー性肺炎(過敏性肺臓炎)である。吸入された真菌は肺胞マクロファージにとりこまれ、抗原としてリンパ球に提示され、リンパ球が活性化されることにより肺に一連の免疫・炎症反応が惹起される。臨床的には抗原吸入後6〜8時間後に急性に発症する、発熱、咳、呼吸困難を主徴とする間質性肺炎で、BAL液中にはTリンパ球が著増し、吸入抗原に対する血清沈降抗体は陽性となる。病理学的にはリンパ球浸潤を主体とする胞隔炎と肉芽腫(マクロファージや類上皮細胞などの単核の食細胞が集簇してできる結節性炎症性病変で、異物反応などとしてよく形成される)形成を特徴とする。ただし、これらの真菌を吸入したからといって必ず発症するわけではなく、過剰な免疫反応� ��おこした個体に発症する。疫学調査により農夫肺の発症は喫煙者に有意に少ないことが明らかにされている。この現象の機序を明らかにするため種々のアプローチがなされている。
田村ら50)-54)は、酪農従事者のMicropolyspora fanei(Mf)やThermophilic actinomyces抗原に対する血清沈降抗体の陽性率を疫学的に調査し、喫煙者で有意に低いことを明らかにした(表-2)。これは喫煙が抗体産生系に何らかの抑制的役割を果たしていることを示唆する。さらに抗体が陽性で症状のない人に気管支肺胞洗浄(BAL)を実施してみると、リンパ球の比率は農夫肺患者ほどではないが、非喫煙健常者より高く、潜在的胞隔炎の存在が示唆された。しかしBAL液中活性化T細胞のマーカーであるHLA-DR抗原発現率を比較すると農夫肺患者で最も高く、抗体陽性無症状の群では正常と差を認めないことより、肺局所におけるTリンパ球活性化が農夫肺発症の重要な因子であることが示唆された。
田村、川上ら55)-57)はモルモットやウサギにMf抗原を気道内に反復注入したり感作して過敏性肺臓炎のモデルを作成し、喫煙の影響を検討した。Mf注入動物モデルでは強い肉芽腫性胞隔炎の所見がみとめられ、BAL液中の総細胞数、リンパ球、好中球比率の増加、血清沈降抗体の陽性化などヒト農夫肺に近い所見が得られた。これに喫煙負荷をかけても病理学的所見に明かな差が認められないが、BAL液中の総細胞数、リンパ球の有意な減少がみられ、BAL液、血清中のMf特異的IgG抗体も有意に減少していた。また肺及び脾臓リンパ球の抗体産生細胞数やリンパ球幼弱化反応は喫煙により著明な抑制がみられた。さらにMf刺激による脾リンパ球幼弱化反応系に喫煙者、非喫煙者から得られた肺胞マクロファージを実際のBAL細胞分画� �近い40〜80%の割合で加えると、非喫煙群ではほとんど影響がなかったが、喫煙群で幼弱化反応は著明な抑制がみられた。すなわちこれらの動物モデルにおいて喫煙はMf特異的抗体産生能を抑制するが、その機序として抗体産生系における肺胞マクロファージの補助細胞機能(抗原提示能など)の抑制を介して起こることが考えられた。
3)サルコイドージス
サルコイドージスは、全身性に肉芽腫病変を形成してくる原因不明の疾患であり、喫煙者に有意に少ないことが知られている。本症では高率に肺門縦隔リンパ節腫脹、リンパ球浸潤を主体とした肺胞隔炎と肉芽腫を形成するが、これらの病理学的な変化の割には咳や息切れなどの臨床症状に乏しいのが特徴である。気管支肺胞洗浄では活性化されたマクロファージとリンパ球の増加が認められる。サルコイドージスの肺病変形成には肺胞マクロファージやTリンパ球などの細胞性免疫を介した機序が重要とされ、これらの細胞間の情報伝達には細胞間接着因子のほかにサイトカインが重要視されている。インターロイキン1(IL-1)、腫瘍壊死因子(TNF)、IL-6などのサイトカインは肺胞マクロファージで産生され、リンパ球を活性化・増殖し、胞� �炎、肉芽腫形成に至るネットワークを形成する。事実、これらのサイトカインは本症の肺局所で増加していることが知られている。
川上ら58)59)はサルコイドージス患者から得られた肺胞マクロファージのIL-1とTNFの産生量を測定し、非喫煙者にくらべ喫煙者で有意に低下していることを明らかにした(図-3)。また喫煙者ではBAL液リンパ球比率やヘルパーT細胞も低下しており胞隔炎の程度も軽かった。すなわち喫煙者ではマクロファージからのTNF, IL-1産生が抑制されており、T細胞の集積やIL-2を介したTリンパ球の増殖を抑制し胞隔炎の程度を軽くしていると推測される。
喫煙が肺胞マクロファージからのサイトカインの産生・分泌を抑制するメカニズムについても研究された。種々の生理活性物質が肺胞マクロファージに作用すると、その情報が細胞内を伝達していく過程で細胞内カルシウム濃度が上昇する。この現象を利用して、LPSや血小板活性化因子(platelet activating factor:PAF)に対する細胞の応答性をみた60)-62)。たとえばPAFを肺胞マクロファージに作用させると細胞内カルシウムイオン濃度は上昇するが、喫煙者から得られたマクロファージではその上昇が鈍い。このことより喫煙は生体内で産生される生理活性物質に対するマクロファージの応答性を低下させ、免疫応答を抑制していると考えられた。Solimanら20)によると肺胞マクロファージのIL-1産生は喫煙刺激で増加するが、分泌が障害されるため局所のIL-1が低下しているという。一方、IL-6は喫煙によりその産生が抑制され、さらにIL-6の抑制物質を一緒に分泌するためその作用が抑制される。このように喫煙によるサイトカイン抑制のメカニズムはかなり複雑のようである。
木村63)64)らはモルモットに実験的な肺肉芽腫症を作成して喫煙の影響をin vivoで観察した。P.acnesという細菌はサルコイドージスの病巣から比較的高率に培養され、本症の病因として注目された。モルモットの皮内にP.acnesを注入すると肺には多核巨細胞を伴う非乾酪性肉芽腫が形成される。つまりヒトのサルコイドージス肺病変と類似の病理学的変化がみられる。この実験動物に喫煙負荷を加えると、肉芽腫のサイズは小さくなり、またBALで得られるリンパ球も減少した。すなわち喫煙はin vivoでの肉芽腫形成もある程度抑制することが確かめられた。 サルコイドージス患者の気管支粘膜を気管支鏡で観察すると毛細血管が拡張しており、本症の特徴的所見とされる。望月ら65)66)は気管支粘膜の血管病変を電顕的に観察し、喫煙の影響を検討した。患者の気管支粘膜生検の電顕的解析では、毛細血管内皮の形質膜の不明瞭化、基底膜側の不規則な入り込み、血管内外の好酸球顆粒中心板の空胞化がみられる。そして好酸球顆粒の中心板には組織障害活性の強いMBP(major basic protein)が含まれるため、本症の血管病変形成には血管内皮周辺の好酸球から放出されるMBPが主要な役割を演ずることが予想された。また理由はよくわからないが、酸化エチレンガスをモルモットの皮下に注入するとサルコイドージス類似の血管病変を作成できる。このモデルを使って喫煙の影響をみると、喫煙刺激は好酸球顆粒の中心板の空胞化を抑制した。喫煙は好酸球からのMBPの放出を抑える方向に働き、毛細血管障害を軽減することが示唆された。
4)特発性間質性肺炎
特発性間質性肺炎は肺胞隔壁を主座とする原因不明の非細菌性炎症性肺疾患である。初期には肺胞隔壁に浮腫、細胞浸潤が起こり、進行すると膠原線維沈着を中心とした線維化が生じてくる。そのため肺は硬くなり伸展性が失われ、拘束性機能障害を呈する。臨床的には、咳、息切れを主症状とし、通常慢性に経過するが、発症から平均約5年で急性増悪をおこし呼吸不全のため死亡する。また経過中肺癌が合併することも少なくない。肺癌を合併するのはほとんどが喫煙者であることより、本症と喫煙の相乗効果で発癌すると考えられている。
疫学的研究から、間質性肺炎は、肺気腫、肺癌ほど著明ではないが、喫煙者に多いことが知られ、喫煙関連疾患として位置づけようとする見解もある。泉ら67)は剖検または開胸肺生検で組織学的に診断のついた特発性間質性肺炎症例58例について喫煙率を検討したが、男子では91% と喫煙経験をもつものが多かったが、女子では9%と一般人口と差がなかった。米国Mayo Clinicとの共同研究でも同様の結果を示した。すなわち米国では男子では間質性肺炎患者の喫煙経験率は62%と一般男子の喫煙率よりも高率であったが、女子では一般の喫煙率と差はなかった。間質性肺炎の成立進展に及ぼす喫煙の影響をみるため、BAL細胞成分構成や肺胞マクロファージからのIL-1産生について検討したが、喫煙の影響は見出しがたかった。また肺胞隔壁の炎症、線維化病変の程度と喫煙の関係は明かではなかった。すなわち、男子では間質性肺炎患者の喫煙率が高く、疫学的には関連性が示唆されたが、臨床所見、BAL細胞所見、病理組織所見からは喫煙が間質性肺炎の発症や進展に関与しているという証拠は得られなかった。
5)喉頭疾患
広瀬ら68)は上気道の一部である喉頭の器質的疾患と喫煙との関係について、耳鼻科受診外来患者を対象として疫学的観察を行った。その結果ポリープ様声帯を除けば喉頭病変と喫煙歴とは直接関連性は認めがたかった。ただし対象のなかに喉頭癌患者が少なく、疫学的には喉頭癌は喫煙との関連があるとされる。
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生体の各臓器は、加齢に伴って、形態的にも機能的にも変化する。肺もその例外ではなく、老化により形態学的にも気管支腺の萎縮や末梢気腔の拡張(老人肺)を起こし、機能的にも肺活量、一秒量などは低下してくる。そして肺の防御機構にも変化が起こり、喫煙刺激に対する応答も加齢によって変化してくることが予想される。
福地ら69)は、加齢に伴う肺内防御機構に対する喫煙の影響について、若年ラットと老年ラットに喫煙させたのち、BALで回収した細胞成分の解析と肺胞マクロファージの活性酸素産生能を検討した。前述のように、喫煙負荷により肺内遊離細胞(特に肺胞マクロファージ)が増加するが、これを若年ラットと老年ラットで比較すると後者のほうが増加の程度が著明であった。しかし、これらの細胞からの単位時間当りの活性酸素産生能は低下していた。すなわち喫煙による肺の防御機構低下は、老化により一層顕著に起こる可能性が示唆された。
つぎに、通常のマウスより早期に老化現象のみられる老化促進マウス(SAM)に対して長期喫煙負荷をかけ、肺の発育、老化に及ぼす影響を各臓器のグルタチオン(GSH)などを指標に検討した70)-72)。グルタチオンはすべての組織細胞内に存在する抗酸化物質で、蛋白のSH基の維持や、過酸化水素水などと反応して解毒作用を発揮し、生理的には老化にともなって低下することが知られている。18週令のSAMに23週令まで6週間にわたって喫煙負荷をかけ、肺、肝、腎、眼に含まれるGSHの定量を行い対照群と比較した。その結果は老化促進マウスの系によって多少異なるが、各組織中のGSHは喫煙により低下した。さらにSAMでは喫煙負荷により、BAL液中のエラスターゼ活性の亢進とエラスターゼ阻害活性の低下も観察された。これらの結 果より、老化という生理的現象に喫煙負荷が加われば、各組織は種々の刺激に対してなお一層組織障害を受けやすくなることが推測された。このことを呼吸機能の変化として捉えるため、同様のモデルで肺の圧量曲線を描いてみると、喫煙負荷群では対照群にくらべ有意に左方に偏位した。すなわち喫煙により老化促進マウスでは一層肺の弾性収縮力低下を招来し、ヒトにおける気腫肺に類似した病的変化が生じると考えられる。また、このマウスの生理的老化はヒトの老人肺に合致する機能的変化を認めることより、喫煙の影響と老化の影響を分離して検討しうるモデルとしても注目される。
老人では嚥下機能が障害され、食物や胃液などの誤嚥が起こりやすいことが知られている。誤嚥による嚥下性肺炎は、高齢者で頻度も高く、臨床的に重要な意義をもっている。福地ら73)は喫煙の嚥下障害に及ぼす影響について検討した。嚥下障害の機能的評価の一つとして0.4〜1.0 mlの蒸留水を細管で咽頭に注入して嚥下を誘発し、注入から嚥下開始までの潜時(LAT)を測定する方法が有用とされる。LATは臨床的に意識レベルの低下、加齢、糖尿病性神経障害などで延長することが観察されている。喫煙者、非喫煙者でLATを測定すると、喫煙者で有意に延長することが示され、特に背臥位でその傾向が顕著であった(図-4)。実際臨床的に喫煙高齢者で嚥下性肺炎の発症が多いかどうかに興味が持たれる。
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おわりに
喫煙と呼吸器疾患のかかわりをみてきたが、肉芽腫性肺疾患を除けば、一般的にはその病態を進行させるように働く場合が多いようである。最も興味のもたれる点は、同じ喫煙刺激でもその反応には個人差があるらしいということである。これが実験的なデータや疫学的研究の結果と臨床的研究の結果とのあいだにさまざまなギャップをもたらす要因の一つとなっている。喫煙に対する感受性の研究は端緒についたばかりであるが、今後発展の期待される分野である。そしてこれが明らかになれば、喫煙による疾病の予防に大いに役立つであろう。もう一つ喫煙の臨床的研究を進める際に障害になっているのが喫煙暴露の時間的な影響である。喫煙の実験的研究のほとんどすべてが急性の暴露に基づいたデータであり、したがって刺激量� ��実際の喫煙量からすると極端に多い実験が少なくない。実際にヒトが喫煙している程度の量ではなかなかpositiveな結果が得られないせいであろう。疫学的研究では、受動喫煙を含めて喫煙暴露量を評価するのに尿中のニコチン代謝産物であるコチニンを測定することで客観化することが可能となり、進歩がみられた。しかしこれも時間的なファクターについては何も教えてはくれない。このほかにもまだ未解決の問題が山積しているのが現状であろう。今後喫煙の科学的研究はますますその領域を広げ、多岐にわたってくることが予想され、その発展が期待される。
*1順天堂大学呼吸器内科
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